平成11年(ワ)第3638号損害賠償事件 原告 佐木理人 被告 大阪市 平成12年9月1日 被告訴訟代理人 弁護士飯田俊二 同 川口俊之 大阪地方裁判所 第17民事部イ係 御中 準備書面(六) 第一、視覚障害者の歩行と環境認知について 一、環境の認知 歩行者は、歩行のため安全性と能率を高める上で、環境を的確に認知し、その環境に応じて機敏に対処する行動を取ることが要求されている。 視覚障害者は、視覚によって環境を認知することができないので、それに変わる感覚その他の手段を総合して環境を認知しなければならない。 (一)触覚による環境の認知 視覚障害者が直接自ら手で触れ、足で踏んで床面や地面の特徴、機能と種類、道路上の構築物の特徴と機能等を認知する(甲第42号証58〜63頁)。 (二)白杖による環境の認知 視覚障害者が対象物に手や足で直接触れなくとも、白杖という媒体物を通じて認知する(同63〜66頁)。 白杖による認知の場合には、対象物が危険物であっても、危険物に直接接触しないで、危険物に接近しすぎないうちに予め対象物を認知することができる。 (三)聴覚による環境の認知 視覚障害者はその発音体に直接触れなくてもそこに何があるか(音による発音体の識別)、あるいはそれがどんな状態にあるか(音源の定位・音を遮断する物体の認知・音の反射や反響による空間の広さの認知)を知る手掛かりとして利用できる。 また、発音体の位置を知ることもできるのである(同66〜72頁) (四)その他の感覚による環境の認知 歩行との関連で環境を認知する上では、そのほかににおいや輻射熱などの情報、及び平衡感覚や筋感覚によって需要される情報が役に立つことが多い(同73頁)。 皮膚で感じる空気の動き(風)も、環境把握の役に立つ。 (五)視覚障害者用のガイドブックが作成されている場合もあるので、これを活用して利用する駅の構造を前もって調べておくことも有効である(同175頁)。 (六)視覚障害者は、(一)〜(五)で得た情報を総合して環境認知を行うのである。 第二、原告の歩行と環境認知 原告は、天王寺駅下車後、停車していた電車が発車する以前からホーム縁端警告ブロックの北端を白杖を使用しながらホーム東端に向かって歩行している。 歩行の途中まで同じく降車した乗客が同一方向に歩いていたが、しばらくしてその人々もいなくなり、乗車していた電車も歩行方向と同一方向に発車進行している(乙第26号証ビデオ)。 原告には、足によるホーム縁端警告ブロックの触知と白杖による同ブロックの触知、同じく降車した乗客の歩行音、発車した電車の移動音も認知し、及び走行する電車によって起こる風を認知していたはずである。 原告には、電車を降りて足又は白杖で触知している点字ブロックがホーム縁端警告ブロックであることはもちろん十分理解できていたものと思われる。 原告は、降車した他の乗客が自分の前後・左右にいなくなり、身体約1メートル右側を進行する電車の音と電車の進行により起こされた風からして、自分が他の乗客がいない場所を電車に近接して同一方向に歩行している状況を把握し、ホーム縁端警告ブロックが足又は白杖で触知できなくなったにもかかわらず、その後もそのまま約5メートル漫然と歩行を続けている。 さらに、ホーム東端の壁に到って、まず白杖で壁の存在を認知したのであるから、その壁の意味、壁の横に本来あるべきホーム縁端警告ブロックの探索、ホーム縁端との距離の調査等をして、右端からの回り込み行動に出るべきところ、階段の裏側の壁であると軽信し、白杖で右側のホーム縁端警告ブロックの有無や、ホーム縁端を確認することなく進行中の電車の音や風の存する右側に漫然と移動し、右腕が進行中の電車に接触し、巻き込まれるように線路に転倒したのである。 原告は、足又は白杖で認知していたホーム縁端警告ブロックが途切れていること、聴覚で認知していた他の降客が前後左右にいなくなっていること、及び聴覚・皮膚感覚で認知していた右側約1メートル以下のところを電車が進行していることを無視して歩行し、かつ、白杖で認知した壁の意味を判断するなどの方法を何らとってない。 また、大阪市交通局は、平成5年から御堂筋線天王寺駅の点字構内案内を作成して、天王寺駅に備え置くとともに、付近に存する視覚障害者の施設に交付している。 原告は、利用前に点字構内案内により天王寺駅構造を把握をしていない。 原告の歩行と環境認知は、視覚障害者が行うべきそれらから著しく逸脱していると言わざるを得ない。 第三、2000年6月23日付原告の求釈明に対する回答 一、(一)視覚障害者団体の名称 障害者の自立と安全参加を目指す大阪連絡会議 (二)住所 大阪市天王寺区生玉前町5ー33 (三)代表者名 川端利彦 二、(一)平成6年12月より以前に一般的ないし具体的に転落防止柵の設置要求ないし指導を受けたことはありません。 (二)昭和49年12月5日大阪市盲人福祉協会(現在名大阪市視覚障害者福祉協会)から次のような陳情書が出されている。 「私達盲人が一番よく行く役所は、区役所と保健所です。その他福祉施設のある会館並びにセンターです。大阪市におかれましては、各区の区役所と保健所及びセンター等の前や、関係各所の交叉点に音響信号機と点字ブロックの設置を早急に設置して下さい。 次に、地下鉄に乗車する際複雑な道路や階段を通過してホームに転落しないかとの恐怖感は一般人には到底想像出来ない処でありますので、至急ホーム先端に私達にわかる点字タイル(すべり止め)を貼って下さる様強く要望致します」 これに対する大阪市交通局の回答において、モデル駅である地下鉄森ノ宮駅ですべり止めタイル、点字誘導タイルの他に、「ホーム上に列車の停車位置とその前後5メートルを除いて目の不自由な方がホームから軌道上に転落されるのを防ぐため転落防止柵」を設置し、今後その効果を見ている旨述べたことはある。 (三)以後、右基準による転落防止柵の設置が多くの駅に拡大されていっているが、その設置状況の拡大につき、いずれかの団体から質問を受けたことがあるかも知れないが、記録は残っていない。 (四)要求ないし指導の記録はない。 三、梅田駅駅員は、白杖をもって入場、乗車する原告を明確に認識していない。 後に原告に晴眼者の付添人がいたことが判明し、それによって梅田駅の駅員に原告が入場、乗車したことの明確な記憶が残らず、かつ声をかけなかった理由が明らかとなったということである。 四、啓発ポスター(乙第21号証の2)は、既に平成11年11月22日付証拠説明書に記載したとおり、平成8年から提示されたものである。 それは、昭和54年ごろから作成提示されていた「ひと声かけて運動」のポスター(乙第20号証)を、車いす利用者と視覚障害者に分けたポスターにしたものである。 五、事故報告書の追加交付 平成10年10月20日中央線阿波座駅の軌道転落事故の事故報告書の写しを訴訟外で交付します。 但し、被害者の住所・氏名は、その人のプライバシーに関する当時の行動が記載されていますので、明らかに出来ません。ズボンの前が少し汚れた程度で怪我もなく、病院に行くことも固持され、後にご自宅に電話しても「左腰の打ち身ぐらいで大したことは有りません。大変ご迷惑をお掛けしました」とのことであったので、事故報告書は駅に保管され、交通局に送付されなかったものです。 六、平成7年に転落防止柵の設置基準を変更した。 変更前の設置基準図は、乙第43号証のとおり。 以上