平成11年(ワ)第3638号損害賠償請求事件 原告 佐木 理人 被告 大阪市 平成12年6月26日 被告訴訟代理人 弁護士 飯田 俊二 同 川口 俊之 大阪地方裁判所 第17民事部イ係 御中 準備書面(5) 第1、原告の主張に対する再反論 1、新ガイドラインの性格 新ガイドラインは、交通事業者等が公共交通ターミナルの施設設備を進めていく際の指針として策定されたものである(甲第12号証3頁)。 各交通事業者等が施設設備を進めていく際の指針であって、ある施設が、現在その指針に合致していないからといって、直ちにその施設が「通常有すべき安全性を欠く」ということにはならないのである。 原告は、一方では、右新ガイドラインに厳格に適合していなければ、「通常有すべき安全性を欠く」と主張し(例えば、「ホーム縁端とホーム縁端警告ブロックまでの距離が80センチメートル以上ないこと」)、他方では、右ガイドラインに記載がなくとも安全性を欠くとも主張している(ホーム縁端警告ブロックの屈曲部の内角にもう1枚警告ブロックを設置すること等)。 これは、原告が新ガイドラインの指針としての性格や、その「望ましい」というような文言を無視し、さらにそれぞれの駅の特性、ホームの形式、編成車輛数とその時間的変化、乗客数、乗降客の移動方向等を考慮しないことから生じた矛盾である。 新ガイドラインは、右諸事情を考慮し、各交通事業者が諸利益を比較衡量した上合理的な範囲内で同ガイドラインとは異なる取扱をすることや、同ガイドラインに規定にない事柄につき合理的な範囲内で独自の取扱をすることまでこれを否定するものではない。 2、原告の「日本坂トンネル事故訴訟」控訴審判決の引用は不適切である。 同判決は、他の対置される利益がないのにもかかわらず、標準的設備を行わない道路公団に対し、「設備基準の定めが原則的、標準的な性格なものであるからと言って、これを設置するかどうかがもっぱら設置者の都合に委ねられてよいものではない」と判示するものである。 本件は、警告ブロックの敷設方法にしても、転落防止柵の設置方法にしても、被告の「都合に委ねられて」決めているのではなく、多量・高速運送を行うという地下鉄の使命と乗客の安全性確保という利益の調和点を探った上で、敷設方法や設置基準を決めているのである。 他の対置される利益のない日本坂トンネル事故とは異なるのである。 3、原告は、「ホーム縁端と縁端警告ブロックの間隔がガイドラインに適合していない」と主張する。 (1)新ガイドラインは、「警告ブロックを縁端から80センチ以上の位置に…連続して設置することが望ましい」と記載している(甲第12号証65頁)。 文言上も明らかに80センチの間隔をとらなくともよい場合のあることを認めている。 (2)ホームによっては、そのホーム上に階段があったり、柱があったりして、右距離をとってホーム縁端警告ブロックを敷設すると、右警告ブロックに沿って歩行している視覚障害者が右階段や柱に衝突する危険がある。 この危険を避けるためのホーム上に階段や柱のある場合の警告ブロックの敷設の方法として、 1、80センチの確保を重要視して、直線・連続敷設の原則の例外として、階段と柱のあるところだけ右80センチの距離を置かずに敷設するが、その箇所はそもそも敷設しない方法と、 2、あくまで直線・連続敷設の原則を重要視して、80センチの確保を譲歩する方法とが考えられる。 大阪市交通局は、主に後者の方法を採用しているのであって、本件天王寺駅1号ホームのホーム縁端警告ブロックの敷設も右考えのもとに行われている。 新ガイドラインも、その部分だけ同警告ブロックを同ガイドラインどおりに敷設しないか、又は当該ホームの同ブロックをすべて若干ホーム縁端寄りに敷設することまで禁じているものではない。 (3)原告は、被告の他の駅のホームでは、右の警告ブロックの設置方法が採用されていないと主張する。 原告も準備書面(4)の他の箇所でいみじくも主張するように、「本件は、大阪市営地下鉄御堂筋線天王寺駅下りホーム終端部で起こった事故であり、まずもって、本件事故現場における施設の設置・管理の瑕疵の有無が問われなければならないのである」。 他の駅の他のホームには、それぞれホームが作られた時期、ホームの形状、ホーム上の施設の有無、連結車輛数の増加に伴うホームの利用範囲の拡大等の事情が存するのである。 本件天王寺駅1号ホームとは事情を異にするのである。 例えば、原告の指摘する大国町駅2番ホームは、四ツ橋線の輸送力を増強するため車輛の増結を行った際、本件乗客の乗降用に使用されていなかったホーム両端を使用しなければならなくなったことに加え、エレベーターを設置する必要があったので、エレベーターを設置した。そのため、エレベーターの壁とホーム縁端警告ブロックの距離が原告の主張するようになってしまった事情が存するのである。 4、原告は、「ホーム終端部におけるホーム縁端警告ブロック敷設方法が通常有すべき安全性を欠いている」と主張する。 (1)被告は、ホーム終端部において、ホーム縁端警告ブロックがないことは危険警告表示がないこととなるから、その部分からの転落の危険があると主張する。 原告も、他の箇所で認めているようにホーム縁端警告ブロックは比較的触知し易いのである。 その触知を続けていたホーム縁端警告ブロックが触知できなくなったことが危険の表示である。 その危険の表示がでたときには、進行を一時止めて白杖や足で縁端警告ブロック又は誘導ブロックを探し、縁端警告ブロック又は誘導ブロックを触知することができれば、それに従って進み、それらを確知できなければ、その場で助力を求めて待つか、列車の走行音、構内放送、人の歩行者、列車の進行に伴う風の方向等で、安全な進行方向を確認してから進むべきである。 (2)右危険の表示と警告は、右縁端警告ブロックを覚知できない限り続いているのである。 原告が例として危険表示のない自動車道の崩落を掲げているのは適切でない。 原告は、右危険の継続的警告を受けていながら、これを顧慮することなく5メートル以上進行して列車に接触しているのである。 原告に対して危険の警告は十分与えられていたのであり、「危険表示のない自動車道の崩落」とは、まったく異なる。 (3)原告は、ホーム縁端警告ブロックを触知できなくなった後に、一旦止まってそれらを探すことが「視覚障害者にとって到底不可能な要求であり、机上の空論に他ならない」と主張する。信号機の設置されている交差点において、晴眼者が、対面赤信号がでて危険警告があると停止するのと同じように、視覚障害者においてもホーム縁端警告ブロックを触知できないという危険信号がでれば停止するのが当然ではないかと思われる。 また、原告は、「安全情報を探そうとしているうちに」、「停止しようとする動機付けを形成するより前の段階で転落したのである」と主張する。 しかし、原告は、継続的に危険警告がでているにもかかわらず漫然と5メートル以上進行しているのである。 原告が安全情報を探そうとしていたとは到底思われない。 原告のすぐ1メートル位右横のところを原告と同一方向に電車が進行しているのであり、その音と風は確実に把握できていたはずである。 原告は、「列車の走行音や風圧といった感覚は列車の方向を知るためにはある程度役に立っても、距離感をつかむためには何の役にも立たない」として、阪和線堺市駅事件と山手線品川駅事件を引用している。 しかし、前者は、反対車線に電車が入ってきた時のその電車の音であり、後者は、駅構内放送のことであって、本件のように身体の約1メートルのところを同一方向に進行する電車の音と風圧の感じ方とはまったく異なる。 原告は、身体の直近を電車が進行していることを容易に把握できたはずである。 (4)なお、新ガイドラインはホーム終端部において、ホーム縁端警告ブロックをどのように敷設するべきか明確な指針はない。 ある箇所では、ホーム終端部までホーム縁端警告ブロックを延ばすかの如くであり(甲第12号証66頁)、又ある箇所では、ホームの内側を囲い込む形状で屈曲させるかの如くである(同53頁)。 交通事業者の合理的判断に委ねているものと思われる。 5、原告は、ホーム縁端警告ブロックの屈曲部分に「警告ブロックの二重敷設」をしておくべきであったと主張する。 (1)原告は、警告ブロックには「分岐」という概念はないと主張する。 警告ブロックには「分岐」という概念がなくとも、警告ブロックがホームの形式に応じて角度や方向を変えて敷設されることはあるのである。 その場合に、その内角部にもう1枚警告ブロックを敷設するかどうかについては新ガイドラインにも指針がない。 警告ブロックを二重敷設しても、警告ブロックを触知できなくなった後停止しなければ意味がない。 それまで比較的容易に触知していたホーム縁端警告ブロックが触知できなくなったとき、停止して安全策を講ずることが大事なのである。 ホーム縁端警告ブロックを触知できなくなっても、そのまま進行することを前提とする主張は、事故回避の方法として適切とは思われない。 6、原告は、「列車停止位置から前方5メートルの間隔をあけて転落防止柵を設置する方針は誤っている」と主張する。 御堂筋線のラッシュ時の電車は約2分間隔で運行されており(乙第3〜6号証)、どの電車も立錐の余地もない程混雑している。 ちなみに、御堂筋線梅田駅の1日の乗降客数は、468,610人である(乙第7号証)。 数分間電車の発着が遅れれば、ホームに乗客があふれ、乗客のホームからの転落の危険が極めて大きくなることは、見易い事実である。 そこで、仮に回生失効等の原因により列車が前方約5メートル過走した場合にも、構内放送等で乗客に注意を促しつつ、列車を後退させることなくそのまま円滑に乗降できるように転落防止柵の設置をせずに停止位置前方5メートルを空けておくこととしたのである。 過走した状態での乗客の乗降に際しては、構内放送により乗客に注意を促し、視覚障害者に対しては晴眼者の同伴がないときには、改札口で駅員が一声かけてその補助の申し出を行い、電車の乗車まで立ち会うこととなっている。 このように列車と列車の間に乗降客が転落するのを防止するソフト面での措置をとっている。 したがって、過走状態のまま乗客の乗降を行っても、視覚障害者が列車と列車の連結部を乗降口と誤って転落することはないのである。 このような方法により、多量・高速運送期間としての地下鉄の機能を発揮するとともに、視覚障害者に対する配慮も行っているのである。 大阪市地下鉄の転落防止柵設置基準が著しく不合理であるということはないのである。 なお、大阪市交通局においては、原告の主張する一般的運転免許基準より厳しく停止位置目標を1メートルを超えて過走した場合を減点対象として、運転士の技能の向上に努めている(甲第36号証動力車操縦者養成に関する取扱要領)。 しかし、システム上生じる回生制動の失効があったり、時速約50キロメートルで走行中の列車の制動操作が0.6秒遅れると列車は通常停止位置を約9メートルも行き過ぎるという事情があるため、どうしても過走を零とすることはできない。 そのような状況下で生じた過走に対し、約5メートル以内であれば列車を後退させることなしに、乗客の円滑乗降を図るようにしているのである。 原告の主張する如く、運転士の訓練基準の緩和や免責を目的として、右のような処置・基準をとっているものではない。 7、原告は、「他の鉄道の駅ホームとの比較は無意味と言うほかない」と主張する。 (1)被告が他の鉄道の駅ホームのホーム縁端警告ブロックの敷設方法や転落防止柵の設置状況を主張し立証するのは、新ガイドラインが施設整備の指針にすぎないこと、及びそれぞれの鉄道のそれぞれの駅の状況に応じて、それらが合理的範囲内において変化しうるものであることを明らかにするためである。 原告も、いみじくも指摘するとおり、「本件の争点は、大阪市営地下鉄御堂筋線天王寺駅下りホーム終端部に施設の設置、管理の瑕疵があるか否か」である。 (2)原告は、御堂筋線天王寺駅の構造特性を主張するが、どこと比較しての主張か、又具体的な説明もなくその内容を把握しがたい。 なお、一般論として、「御堂筋線天王寺駅での音波定位の困難さを指摘している」が、少なくとも原告は、身体の約1メートル右横のところを同一方向に進行する列車の音と風圧を把握できなかったはずがない。 また、御堂筋線天王寺駅の近くには、視覚障害車の施設は多くない(甲第3号証の1視覚障害者関係施設について、同の2地図)。 第2、原告の援用する営造物の瑕疵に関する裁判例の不適切 1、浦和地裁平成3年11月8日判決 (1)右判決は、危険の予知できない幼児に関するものであるところ、本件原告は、ホーム縁端警告ブロックの不触知により危険の予知ができる状況にありながら、漫然と進行したものである点異なる。 (2)右判決の柵の設置の目的は、幼児等の侵入の防止であるが、本件の転落防止柵の一定位置の不設置の目的は、多量・高速運送における円滑な乗客の乗降を図ることにある。 言い換えると、前者の目的は、幼児等の生命身体の安全の確保であるが、それと対立する目的利益がないのに比し、後者は、乗客の円滑な乗降の確保(多量・高速運送の使命の達成)という対立する目的利益を有しているので利益状況が異なる。 (3)本件事故前には、本件現場に対する転落防止柵の設置要望はない。 一般的な転落防止柵の設置要望はあったが、被告はそれに対して前方停止位置の前約5メートル、後方停止位置の約1メートルを除いては、転落防止柵を設置する旨回答している。それに対しては、前方停止位置の前約何メートル以内は転落防止柵を設置しないでもらいたい等の重ねた要請はなされなかった。 2、福岡地裁飯塚支部平成6年1月26日判決 (1)通行人の生命身体の安全と対置される利益がなく、本件の如く、多量・高速運送の使命の達成、多くの乗客の円滑・安全な乗降の確保という対置される利益のあるケースとは利益状況が異なる。 単に柵の設置が問題となった点が共通するだけである。 (2)また、原告は、警告ブロックの屈曲だけで危険の警告が終わっているかの如く主張するが、視覚障害者に対してはホーム縁端警告ブロックが触知できない状況の継続が危険の警告を続けているのである。 視覚障害者が警告ブロック等安全情報を入手できない状況に到ったことと、小学生が立入禁止工作物をまたいで入ってしまった状況とは警告の質とその時間的継続の点でまったく異なる。 3、大阪地裁昭和56年9月29日判決 (1)右判決は、高速で駅を通過する列車による警笛の吹鳴のみでは退避に間に合わないこと、とっさに警笛の意味が理解しにくいことから、安全対策として不十分であると判示したものと思われる。 それに対し、本件の如く視覚障害者が途中まで触知できていたホーム縁端警告ブロックが急に触知できなくなったときには、その意味の理解も容易であるし、何よりも停止することによって危険を回避するゆとりがある。 右判決も警告と危険回避の時間的余裕、危険警告の意味の理解の容易性において、本件とは異なる。 4、ホーム縁端警告ブロックに沿って歩行していた視覚障害者が同ブロックを触知できなくなったとき、他の何らかの安全情報を入手することなく5メートルもホーム縁端を進行することは、信号機の設置されている交差点で晴眼者が赤信号を無視して交差点に進入するに等しいのである。危険な行為と言わざるを得ない。 なお、ホームの瑕疵を判断するにあたっては、その設備だけでなく駅員の介助と言うソフト面も一体として考えなければならない。 第3、2000年4月7日付原告の求釈明に対する回答 1、甲第38号証 視覚障害者への対応について、 2、甲第39号証 視覚障害者への対応の徹底についてのとおり。 第4、2000年4月10日付原告の求釈明に対する回答 1、(1)工事の年月日 平成7年10月24日終電後。 (2)工事の内容 ホーム縁端警告ブロックをまっすぐホームの東終端部まで延長し、かつ事故前からあった北側へ屈曲後のホーム縁端警告ブロックを北壁まで延長した(乙第41号証の1、2写真)。 (3)理由 1、屈曲後のホーム縁端警告ブロックを北壁まで延長したのは、ホーム縁端から視覚障害者をできるだけ遠ざけるためである。 2、まっすぐホームの東終端部まで延長したのは、屈曲部を通過した視覚障害者が停止せずに進行した場合に、ホームから線路に転落することなく、ホームの東終端部壁に到らせるためである。 しかし、そのようにすることによって、原告のように視覚障害者が右壁を「階段の裏側にでも当たったと考え、これによって線路側に身体をずらして進行向きに進もうとすれば」(訴状6頁)かえって危険であるとの考えもあった。 3、右危惧については、「一声かけ運動」の周知徹底により対応することとなった。 2、(1)工事の年月日 平成8年2月6日終電後。 (2)工事の内容 1、車輛の後部停止位置の1メートル後ろから長さ2メートルの転落防止柵を設け、同柵から直角にホームの壁面まで立入禁止柵を設置した(乙第41号証の3、4写真)。 2、ホーム縁端警告ブロックを転落防止柵まで延長し、事故前からあった屈曲後のホーム縁端警告ブロックを東壁まで延長した(右同)。 (3)理由 1、谷町線転落事故発生後、転落防止柵の設置基準を甲第40号証のように変更した。 それ以前は、後部停止位置から5メートルは転落防止柵を設置しないこととしていたものを、5メートルも手前に停止することは少ないので基準を変更した。 乗降階段が無いホーム終端に乗降客が立ち入らないように設けている立入禁止柵を、さらに列車停止位置の近くまで移設並びに新設した。 2、屈曲後のホーム縁端警告ブロックを東壁まで延長したのは、ホーム縁端から視覚障害者を遠ざけるためである。 3、ホーム縁端警告ブロックをそのままで転落防止柵まで延長したのは、屈曲部を通過した視覚障害者が停止することなく進行した場合、転落防止柵に到る前に線路に転落することがないようにするためである。 以上