平成一一年(ワ)第三六三八号 損害賠償請求事件                原 告   佐  木  理  人                被 告   大阪市                  準 備 書 面(第五回)     二〇〇〇年六月二三日              原告訴訟代理人                弁護士   竹下義樹                          同     岸本達司                          同     神谷誠人                          弁護士   坂本 団                          同     下川和男                          同     高木吉朗                          同     山之内         桂                同     伊藤明子           大阪地方裁判所               第一七民事部合議イ係              御 中 記 第一 視覚障害者の駅ホーム転落事故に関するアンケート調査 一 アンケートの概要 1 「視覚障害者の歩行の自由と安全を考えるブルックの会」は、平成一一 年一〇月二五日から同年一一月一〇日にわたり、視覚障害者七八名を対象 に、「視覚障害者の駅ホーム転落事故に関するアンケート」(以下「アン ケート」という)(甲二四の一)を実施したところ、三〇名から回答を得 た。 甲二四の二は、アンケート結果を集計したものであり、その別紙におい て、転落状況等についての詳細な回答を添付した。 なお、アンケートの中の「事故」は、全て駅ホームから軌道上への転落 事故を指し、原告自身のケースはアンケートには含まれていない。 2 アンケートは、視覚障害者の駅ホームにおける転落事故の実態を明らか にし、これをもとに安全な駅ホームのあり方を考える目的で実施されたも のである。 実際、アンケート結果によると、回答者の大半がほぼ毎日単独歩行して おり(「ほぼ毎日単独歩行している」と「週に一度くらいは単独歩行して いる」との回答を合計すると、回答者の九三パーセント以上となる。甲二 四の二・Q3)、視覚障害者の単独歩行の現状からしても、当然単独歩行 を前提にした駅ホームの安全対策が必要であることが示している。 二 ホームからの転落事故の実態 1 アンケート結果によると、回答者三〇名中、駅ホームから軌道上への転 落事故経験を持つものは、一一名におよび、転落延べ件数は二七件に上っ た(甲二四の二・Q6、Q7)。 すなわち、回答者のうち実に三六パーセント以上が転落事故経験を持つ 者であり、視覚障害者の駅ホームからの転落事故率が極めて高い実態が改 めて明らかになった。 これは、従来の同様の調査において、視覚障害者の半数ないし四分の一 程度の者に転落経験者があると言われてきたことと符合し(一九九九年一 一月一八日付原告準備書面(第一回)一四・一五頁、甲九・甲一〇)、今 回のアンケート結果が、特別なものではなく、むしろ実態を反映した結果 であることを裏付けるものである。 2(一)ホームからの転落状況等の詳細を分析すると(甲二四の二別紙)、 一一名の転落事故経験者のうち、一人で三回転落した者三名、同四回 転落した者二名、複数回転落した者の合計は九名(回答者のうちの約 三〇パーセント)であった(甲二四の二・Q8)。 かかる結果も、従来から視覚障害者の間で言われてきたとおり、 「ホームからの転落は四度や五度は当たり前」という実態をよく現わ している(前掲準備書面一五・一六頁、甲一一)。 具体的な状況がそれぞれのケースにおいて異なることは当然として も、一度転落事故を経験した者は、その後の単独歩行にあたって従前 以上に注意深くなるのが通常であろう。それにもかかわらず、複数回 転落する者が後を絶たないのは、要するに視覚障害者本人がどれだけ 注意を払っていても、転落が避けがたいという駅ホームの危険な現状 を示している。そして、全身体感覚を駆使して全力を尽くして歩行し ている視覚障害者に対して、晴眼者から見た事後的な不注意を責める ことが、視覚障害者に無理を要求するものに他ならないことは、これ まで原告が繰り返し述べてきたところである。  (二)次に、転落事故二七件のうち、駅ホームの形状が判明しているもの を集計すると、島式ホーム一三件、対面式ホーム七件であり(甲二四 の二・Q8)、島式ホームの方がやや多いものの、対面式ホームでの 事故も決して少なくない。 また、転落事故に遭った駅ホームの利用頻度は様々であり、ほぼ毎 日利用していた駅というケースも九件(転落事故のうち三三パーセン ト)あった(甲二四の二・Q8)。 さらに、転落事故までの単独歩行歴も最短一年、最長二八年と多様 である(甲二四の二・Q10)。 これらのアンケート結果からわかることは、駅ホームの形状、利用 頻度、単独歩行歴等とは必ずしも関係なく、常に、駅ホームでは転落 事故の危険が存するということである。   (三)そして、後述のとおり、点字ブロックが敷設されていなかったこと が原因と考えられる事故が数件あるものの、転落事故二七件のうち、 点字ブロック敷設前のものが一五件、同敷設後のものが一二件であり (甲二四の二・Q9)、有意な差は認められない。      すなわち、この結果からすると、単に点字ブロックを敷設しさえす れば転落事故が防止できるものでないことが明らかである。   (四)なお、アンケート結果によると、単独歩行を始めるに当たり、歩行 指導を受けたことのない者の事故率は約五四パーセントであり、歩行 指導を受けたことのある者の事故率約二三パーセントであった(甲二 四の二・Q4)。 右のとおり、歩行指導経験者の事故率も決して低くはないし、現状 では、歩行訓練士から一般的な歩行訓練を受けた経験のある視覚障害 者は六四・六パーセントに過ぎない(前掲準備書面七頁、甲六)。 したがって、利用者である視覚障害者の歩行指導経験の有無にかか わらず、施設設置者の側において、駅ホームの万全な安全対策をとる 必要があることは当然である。 三 転落事故の原因  1 アンケート結果によると、転落事故の主な原因としては、@点字ブロッ クが敷設されていなかったこと、A点字ブロックが敷設されていたが、柱 や人、鞄等の障害物があったこと、B勘違いが生じたことに大別される。  2 点字ブロックが敷設されていない場合、視覚障害者はまっすぐ歩けない ため、転落事故の原因となるのであり(甲二四の二別紙6@、6A、7な ど)、点字ブロックの重要性が再認識されるところである。  3 また、点字ブロックが敷設されていても、これに沿って歩行中、柱や人、 鞄等の障害物があると、これを避けようとして、あるいは、障害物にぶつ かったはずみでよろけて転落することがある(甲二四の二別紙2A、2B など)。 このようなケースからは、点字ブロックの敷設方法、特に点字ブロック と柱との位置関係および駅ホーム縁端部と点字ブロックの幅が不適切な場 合、それが転落事故の原因となることが看取される。  4 そして、転落事故の原因で最も多いのは、勘違いによるものであり(甲 二四の二別紙1、2@、3@、4@、4B、5@、5A、6B、8@、8 A、8B、9@、10@、10A、10B、10Cなど多数)、特に、車 両連結部を乗車口とを勘違いしたケースが多数みられる。これは、点字ブ ロックが乗車口がわかるような方法で敷設されていないことが最大の原因 であろう。 また、「電車の停止の際のブレーキ音を上りと下りで間違えた」(甲二 四の二別紙5A)、「番線の違うホームに電車が進入してきたとき自分の いるホームに入ってきたと勘違い」した(甲二四の二別紙9@)などのケ ースは、音源定位、エコー定位などの聴覚情報を利用しても正確な判断が なしえない場合が多く、聴覚情報に基づく意思決定の特性から、一度方向 を失うと、それを独力で取り戻すのは極めて難しいという、視覚障害者の 歩行特性を裏付けている(前掲準備書面七〜一〇頁)。 なお、甲二四の二別紙1のケースは、警告ブロックを見失ったところ、 白杖で確認しながら歩行していたところ、ホームから転落したというもの で、原告のケースと類似していると思われる。  5 むろん、転落事故に至ったケースの中には、急いでいた場合や、慣れな い白杖に気を取られていた場合に、前述のような転落原因が重なったケー スもある。 しかしながら、これらは視覚障害者が単独で歩行するときに当然あり得 ることであり、本人の不注意だけが転落事故の原因と判断するのは、視覚 障害者の歩行特性を無視した暴論である。 四 駅ホーム上での危険な経験  アンケート結果によれば、視覚障害者は、転落には至らないまでも、次の ような危険にさらされたという経験を持つ者が多数ある(甲二四の二・Q 13)。  すなわち、(a)ホーム上を移動中知らず知らずのうちに、ホーム縁端部や 終端部の点字ブロックをまたぎ越してしまった経験のある者が六〇パーセン ト(回答者三〇名中、以下同じ)、(b)対面式ホームにおいて向かい側の電 車を自分が乗るべき手前側の電車と勘違いして、まだ列車の来ていない線路 に向かって進んでしまった経験のある者が六〇パーセント、(c)車両間のつ なぎ目の隙間を電車の扉の空間と勘違いしてしまった経験のある者が七〇パ ーセント、(d)線路と並行に敷かれている点字ブロックを階段の始まりを示 す点字ブロックと勘違いし、線路に向かって進んでしまった経験のある者が 二〇パーセントなどである。  これらの結果からすれば、駅ホーム歩行中の視覚障害者の多くがいつ転落 事故に至ってもおかしくない状況であるといえる。これは、視覚障害者に  とって、「欄干のない橋」と言われる駅ホームの危険な現状、および転落事 故と隣り合わせで歩行することを余儀なくされている視覚障害者の実態を如 実に示すものである。 五 まとめ  1 アンケートの結果及び点字ブロック普及の経緯からしても、駅ホームに おける点字ブロックの敷設が転落事故を防止する重要な設備の一つである ことはいうまでもないことである。  2 しかしながら、先に見たとおり、点字ブロック敷設後も依然として転落 事故が多発しているのが現状である。 その原因の一つは、点字ブロックと柱などの障害物との位置関係、駅  ホーム縁端部と点字ブロックの幅が不適切、乗車口が点字ブロックによっ て示されていない、通常の歩行によって点字ブロックをまたぎ越してしま い、点字ブロックを見失う可能性があるなど、点字ブロックの敷設方法に 問題があることである。 しかも、視覚障害者は点字ブロックさえ敷設されてあれば、安全に歩行 できる筈であるという意識で歩行するため(本来、そのように機能すべき なのである)、点字ブロックの敷設方法に瑕疵がある場合、視覚障害者に とっては、一転して、危険が惹起される結果となる。 つまり、本来危険防止のために敷設された点字ブロックは、その敷設方 法の瑕疵により、一転して危険を引き起こす設備と化してしまう可能性が あるのである。  3 原告のケースもこれら多数の転落事故の一事例であって、決して特別な ケースではなく、点字ブロックの敷設方法の瑕疵が転落事故につながった ものに他ならないのである。 第二 本件事故後の駅設備の改修  一 はじめに    平成七年一〇月二一日、本件事故が発生した。その直後である平成七 年一二月一〇日、「関西SLの会」が大阪市営地下鉄の全ての駅について 転落防止柵の設置状況、ホーム縁端部の点字ブロックの設置状況、駅員の 配置状況などを調査した(以下「SL調査」という)。    二〇〇〇年二月一〇日付原告準備書面でも述べたとおり、平成一一年八 月二〇日及び二一日には、「ブルックの会」が、同様の調査を行った(以 下「ブルックの会調査」という)。    以下においては、右双方の時点における調査結果の相違点を明らかにし、 この間に、駅設備の改修等がどのようになされたかについて述べる(甲二 五)。    なお、大阪市営地下鉄は、御堂筋線(一九駅)、谷町線(二六駅)、四 つ橋線(一一駅)、中央線(一三駅)、千日前線(一三駅)、堺筋線(一 〇駅)、長堀鶴見緑地線(一七駅)からなっている。平成七年一二月一〇 日時点において、長堀鶴見緑地線は五駅のみで運行しており、その後全線 開通し一七駅となっている。 二 ホーム終端部の転落防止柵 1 御堂筋線   SL調査以降ブルックの会調査までの間に、二駅(天王寺駅及び中 百舌鳥駅)における合計六か所の部分に転落防止柵が新設された。天王 寺駅では、本件事故現場についてのみ防止柵の設置がされていない。 2 谷町線 SL調査以降ブルックの会調査までの間に、二六駅のうち二四駅、 合計七八か所に転落防止柵が新設された。これにより、谷町線では、全 てのホームの先頭及び後方部分に転落防止柵が設置された。 3 四つ橋線 SL調査以降ブルックの会調査までの間に、一駅(岸里)における 四か所に転落防止柵が新設された。これにより、四つ橋線一一駅のうち、 大国町駅一か所、住之江公園駅二か所以外のホームの部分に転落防止柵 が設置された。 4 中央線 SL調査以降ブルックの会調査までの間に、一三駅のうち九駅、二 九か所に転落防止柵が新設された。これにより、森ノ宮駅の一か所を除 き、全てのホームに転落防止柵が設置された。 5 千日前線 SL調査以降ブルックの会調査までの間に、一三駅のうち一〇駅、 三〇か所の転落防止柵が新設された。これにより、転落防止柵が設置さ れていないのは、野田阪神駅二か所と新深江駅一か所のみとなっている。 6 堺筋線 SL調査以降ブルックの会調査までの間に、一〇駅のうち六駅、一 八か所に転落防止柵が新設された。これにより、天神橋筋六丁目駅一か 所、長堀橋駅一か所及び動物園前駅一か所が未設置で、それ以外には転 落防止柵が設置されている。 7 長堀鶴見緑地線 SL調査時点で運行していた五駅のうち、同調査以降ブルックの会 調査までの間に、三駅八か所で転落防止柵が新設された。現在運行して いる一七駅のうち転落防止柵が設置されていないのは、今福鶴見駅一か 所、大正駅二か所のみとなっている。 8 全体の評価 右のとおり、平成七年一二月一〇日(SL調査)から平成一一年八 月二一日(ブルックの会調査)までの間に、大阪市営地下鉄全線一〇九 駅のうち、転落防止柵を新設した駅及びその箇所は、五五駅・一七三か 所にものぼっている(但し、平成七年一二月時点で開業していなかった 長堀鶴見緑地線は除く。)。 三 ホーム縁端部の点字ブロックの形状  ホーム縁端部の点字ブロックの形状が、SL調査からブルックの会の調 査までの間に、L字型からI字型もしくはコ字型に変わっている駅ホームを 一覧する。   なお、L字型、I字型、コ字型の形状は、甲一六一枚目裏に記載されたと おりである。L字型からI字型もしくはコ字型に変わったということは、ホ ーム縁端部に敷設された点字ブロックが、ホームの終端部まで延長されたこ とを意味する。   1 御堂筋線   変化はない。ただL字型の敷設は、江坂駅の二か所、難波駅の二か 所のみで、ホーム前方及び後方合計七八か所の内七四か所は、I字型も しくはコ字型となっており、九五パーセントを占めている。  2 谷町線   二五駅七七か所でL字型からI字型もしくはコ字型へと変わってい る。L字型は二駅四か所のみで、全体一〇四か所のうち一〇〇か所はI 字型もしくはコ字型であり、九六パーセントを占めている。  3 四つ橋線   七駅一九か所でL字型からI字型もしくはコ字型へと変わっている。 L字型は一一か所で、全体四八か所のうち三七か所がI字型もしくはコ 字型であり、七七パーセントを占めている。  4 中央線   一〇駅三四か所でL字型からI字型もしくはコ字型へと変わってい る。L字型は三か所で、全体五四か所のうち五一か所がI字型もしくは コ字型であり、九四パーセントを占めている。  5 千日前線  一三駅四一か所でL字型からI字型もしくはコ字型へと変わってい る。L字型はなく、五二か所すべてがI字型もしくはコ字型である。  6 堺筋線  六駅一三か所でL字型からI字型もしくはコ字型へと変わっている。 L字型はなく、四二か所すべてがI字型もしくはコ字型である。  7 長堀鶴見緑地線  平成七年一二月当時運行していた五駅のうち四駅一二か所でL字型 からI字型もしくはコ字型へと変わっている。平成一一年八月調査時点 で運行していた一七駅六八か所すべてがI字型もしくはコ字型で、L字 型は全く存在しない。  8 全体の評価  右のとおり、平成七年一二月一〇日(SL調査)から平成一一年八 月二一日(ブルックの会調査)までの間に、多くの駅でL字型からI字 型もしくはコ字型に変更され、ホーム縁端部の点字ブロックがホーム終 端部まで延長されている。     地下鉄全線一〇四駅・ホーム前方及び後方合計四四六か所のうち、四 二四カ所がI字型もしくはコ字型であり、九五パーセントを占めている。 三 ホームへの駅員の配置   SL調査において、ホームへの駅員の配置が確認できず、ブルックの会 調査において、駅員の配置が確認できた駅は、御堂筋線では、江坂駅(一 番・二番)、新大阪駅(一番)、動物園前駅(一番・二番)の五ホーム、谷 町線では、関目高殿駅(一番・二番)、東梅田駅(一番)、天満橋駅(一 番)、谷町四丁目駅(一番)、四天王寺前夕陽丘駅(二番)、阿倍野駅(二 番)の七ホーム、四つ橋線では、大国町駅(一番・二番・三番・四番)の四 ホーム、中央線では、森ノ宮駅(一番)、本町駅(一番・二番)の三ホーム、 千日前線では、野田阪神駅(一番)、今里駅(一番・二番)の三ホーム、堺 筋線、長堀鶴見緑地線では全くなかった。  ブルックの会調査において、ホームに駅員の配置が確認できなかった駅 は、御堂筋線で九駅一八ホーム、谷町線で二五駅四五ホーム、四つ橋線で一 〇駅一八ホーム、中央線で一二駅二三ホーム、千日前線で一二駅二一ホーム、 堺筋線で一〇駅二一ホーム(全て)、長堀鶴見緑地線で一七駅三四ホーム (全て)であった。 四 評 価   以上のとおり、平成七年一二月一〇日(SL調査)から平成一一年八月二 一日(ブルックの会調査)までの間に、転落防止柵の新設、ホーム縁端部に 敷設された点字ブロックをホーム終端部まで延長するという変更が数多くな されている。   このように多数の駅ホームにおいて改修が実施されている事実は、本件事 故当時、大阪市営地下鉄の駅ホームの施設が決して万全ではなく、特に、転 落防止柵の設置及び点字ブロックの敷設方法が不完全であったことを端的に 示している。   しかも、現実に右のとおりの改修がなされていることからすると、右改修 は、被告にとって決して困難なことではなく、その気になりさえすれば、容 易に実行可能であったことを示している。 第三 公共交通におけるバリアフリーの展開 一 バリアフリー実現の社会的認識の高まり   昭和五〇年の国連「障害者の権利宣言」、同五六年「国際障害者」にみら れるとおり、国際的なレベルで見ると、すでに二〇年以上も前から ノーマ ライゼーションの理念は明確になっていた。   わが国における交通事業者や行政のレベルでみても、すでに昭和五八年三 月には「鉄道駅と身体障害者を主たる対象とする「公共交通ターミナルにお ける身体障害者用施設整備ガイドライン」(旧ガイドライン)が策定されて、 交通事業者に周知され、さらに、平成六年三月には「公共交通ターミナルに おける高齢者・障害者等のための施設整備ガイドライン」(新ガイドライ ン)と改訂されて、公共交通事業者としてなすべき対応が指示され、現実に 行政から指導を受けていた。   本件事故は、このように、公共交通事業者が高齢者・障害者等のためにな すべき施策が理念のレベルにとどまらず、具体的に示された後になって発生 したことに留意されなければならない。  さらに、バリアフリー実現を目指す社会認識は、法律を要求するレベルま で高まり、平成一二年五月一〇日、「高齢者、身体障害者等の公共交通機関 を利用した移動の円滑化の促進に関する法律(通称 交通バリアフリー 法)」が成立した。 二 交通バリアフリー法の成立 1 平成一二年五月一〇日、参院本会議において、いわゆる交通バリアフ  リー法(障害者・高齢者等の移動の自由を確保するための法律)が全会一 致で可決、成立した。この法律は、高齢者や身体障害者などの公共交通機 関を利用した移動の利便性、安全性の向上を促進するため、鉄道駅などの 旅客施設及び車両について、公共交通事業者によるバリアフリー化を実現 することを目的としている。   視覚障害者の移動に自由の保障については、これまで原告が訴状及び準 備書面で主張してきたように日本国憲法及び障害者基本法においても認め られてきたところ、本法はその理念をさらに具体化するものであって、本 法の成立により一層その実質的な保障が厚くなることが期待されている。  2 交通バリアフリー法の内容の概略は以下のとおりである。  (一)目的(一条) 障害者等の自立した日常生活及び社会生活を確保することの重要性が増 大していることに鑑み、公共交通機関の旅客施設及び車両などの構造及び 設備を改善するための措置を講ずることにより、障害者などの公共交通機 関を利用した移動の利便性、安全性の向上の促進を図り、もって公共の福 祉の増進に資することを目的とする。  (二)基本方針(三条) 国は公共交通機関を利用する障害者などの移動の利便性及び安全性の向 上を推進するための基本方針を策定する。 基本方針の内容は、移動円滑化の意義及び目標、移動円滑化のために公 共交通事業者が講ずべき措置に関する事項などである。  (三)公共交通事業者が講ずべき義務(四、五条) 公共交通事業者に対し、本法によるバリアフリー基準に適合する設備を 義務付ける。主務大臣は基準適合性の審査を行う。 なお、本法四条三項は、「公共交通事業者等は、その事業に供する旅客 施設及び車両等を移動円滑化基準に適合させるために必要な措置を講ずる よう努めなければならない」と定め、同条一項では、移動円滑化基準は主 務省令で定めることとされている。つまり、駅ホームなどの安全設備の基 準は、今後はガイドラインではなく省令の形式で定めることになったので あり、運輸省の定める安全基準(移動円滑化基準)の法的規範性は本法の 制定によりさらに強化されたというべきである(平成一二年四月一四日衆 院運輸委員会における石毛委員の発言参照)。 また、本法四条五項は、交通事業者に対しその職員に対する移動円滑化 のための教育訓練を行う義務を課している。  (四)重点整備地区におけるバリアフリー化の重点的、一体的な推進(六な いし一四条)  (五)その他、国及び地方自治体の支援措置、必要な情報提供等の規定があ る。  3 交通バリアフリー法に関し、より重要なことは、その内容もさることな がら、同法の審議の過程において、これまでの原告の主張を裏付ける事実 が多々明らかにされたことである。  (一)原告は、駅ホームにおける視覚障害者の転落事故が続発していること、 視覚障害者の生命の安全確保という観点から点字ブロックの延設や転落防 止柵の設置が緊急の課題となっていること、さらに、こうした物的安全設 備とともに、駅員の立哨監視という人的サポート体制が不可欠であること などを主張してきた。    これらの主張は、交通バリアフリー法の審議過程における以下の各発言 からも裏付けられている。  (二)まず、既に原告が繰り返し主張してきたように、駅ホームにおける視 覚障害者の転落事故が各地で続発しており、その対策が急務であるとの認 識はかなり一般化していた。このことは、国会審議における次の各発言か ら窺うことができる。   @ 「視覚障害者の半分以上がホームからの転落を体験しています。視覚 障害者が駅のホームから転落し、電車にはねられ死亡する事故が後を絶 ちません。視覚障害者の事故防止対策は急務です。」(平成一二年三月 一〇日衆院本会議における平賀議員の発言)   A 「私が拝見しました資料では、一九八九年から九八年までの一〇年間 で、全盲の方が鉄道駅のホームから転落して一六名亡くなられていると いうふうに伺っております。四名の方がけがをされているというふうな 記録がございます。」(平成一二年三月二九日衆院運輸委員会における 石毛委員の発言段)   B 「私のところに視力障害者の方がお見えになりまして、こういう内容 の要求をしていかれました。ちょっと紹介します。 地下鉄の死角、連結部転落、目の不自由な六九歳ホースつかみ恐怖の 一キロ、こういうのが新聞に載っていた。点字ブロックの切れ目から転 落、岐阜駅で男性死亡、これが毎日新聞に載っていた。 これらの事故は氷山の一角です。九四年の私たちの調査では、都内の 視覚障害者一〇〇人のうち半分の五〇人、全盲者では三人に二人が駅ホ ームからの転落を経験しています。同年一二月以後、一三人が死亡して います。視覚障害者にとって駅ホームは、欄干のない橋、「ホームの歩 行は綱渡り」、命の危険と背中合わせなのです。 私たちは運輸省と鉄道事業者に転落防止対策を求めつづけています。 しかし、視覚障害者用誘導ブロックを敷いて対策をとっているとの回答 しか返ってきません。同ブロックは、誘導と注意喚起する歩行には欠か せない道の役割を果たしています。しかし、転落防止の決め手ではあり ません。見える方は、視覚によって危険を認識し、転落防止の壁を持っ ていますが、私たちはそれができません。ブロックの上を歩いていても、 柱や人、荷物にぶつかって、やむなくブロックを見失えば、方向と現在 地を失う、これが視覚障害者の歩行です。 云々と書いてあって、最後に、ホームドアとかホームゲートなど、そ ういうものをきちんと設置してくださいとか、転落防止用にホーム要員 を置いてください、こういう要望を持ってこられました。」(平成一二 年四月一八日衆院運輸委員会における寺前委員の発言) C 「一番近いところからいいますと、九九年一一月一五日に目黒駅で男 性がホームから転落して死亡している。(中略)その前の九九年八月八 日、(中略)それから九九年五月一五日に、大阪の環状線天満駅でホー ムから転落、骨折しているという問題があります。あるいは九九年五月 一四日に、JRの荻窪駅でホームから転落という問題がちゃんと載って います。あるいは九九年五月九日に、阪神電鉄の西宮駅東口云々、持っ てこられたものを見ると、ずっと出てくるわけですよ。」(Bと同じく 寺前委員の発言) D 「たとえば目の不自由な方々が、よくホームから落ちる、落ちた経験 を持っておる。お聞きしながら、誠に胸の痛む思いでございます。私た ち目の不自由な仲間の間では、ホームで一回落ちないことには一人前と はいえないのですよ、こうしてジョークのように私に語りかけてくれま したが、本当にその実情を思い浮かべるときに、これは大変なことだと いう思いをしました。」(平成一二年三月二九日衆院運輸委員会におけ る二階国務大臣の答弁) E また、いかなる安全設備が標準的設備とされるべきかにつき、少なく とも柵の設置は緊急の課題として基準として明確化すべきとの認識が一 般的であり、すすんでホームドアさえ、先進設備と見て単なる努力目標 にとどめるべきではなく、必要不可欠の設備とみるべきとの議論もなさ れた(平成一二年三月二九日衆院運輸委員会における石毛委員の発言)。  F 特に、転落防止柵については、たとえ柵が設置されていても、隙間が あればその柵は視覚障害者のとって何の意味もないとの正当な指摘があ り(平成一二年三月二九日衆院運輸委員会における石毛委員の発言)、 政府側も、ホーム両端の柵については、平成六年策定のガイドラインに 基づき鉄道事業者を指導しているところであると答弁している(平成一 二年四月一四日衆院運輸委員会における安富政府参考人の発言)。  (三)人的サポート体制についても、以下の各発言が参考になる。 @ 「事故が起こっておる内容として切実に訴えてこられるのは、ホーム 要員がなくなっている。駅としては無人化じゃないけれども、ホームで はもう無人なんだ。それに対する責任を事業者が取るよう対策を組むべ きではないか」(平成一二年四月一八日衆院運輸委員会における寺前委 員の発言) A 「盲人の方がホームから転落されるのを防止するための柵というもの も、同じ列車が同じところに停車する場合にはともかくとして、あちこ ち列車の長さも入口も違った場合には、非常にこれが難しいことも事実 でございます。 では、それをどうカバーするかといったこと。これはやはり駅員の方 がそれなりの教育を受けて、そこに盲人の方がいらっしゃったらそれに 対してちゃんとフォローしてあげるとか、それよりも、そこにいらっし ゃる一般の乗客の方がその方をずっと介添えしてあげる。また、そのこ とをもう少し気づいてもらうためにも、駅の放送で、盲人の方には介添 えしてあげましょうといったようなことを、しつこくでなくても結構で すから、時々は放送するとか、そのような形で一般の方々に意識を持っ てもらう心のバリアフリーといったことも必要かと存じております。同 時に、もっと具体的に言うならば、駅員の方々に対する一つの教育訓練、 指導といったことも必要でございましょう。」(平成一二年三月二九日 衆院運輸委員会における中馬政務次官の答弁) 三 駅ホームのバリアフリー化の現段階   公共交通におけるバリアフリー化は、昭和四〇年代後半から行われていた 「警告・誘導ブロックの設置」や「転落防止柵の設置」といったいわば古典 的な対策から、より安全性の高い、ホームゲート、ホームドアの実現という 方向へ急速に動いている。     現に、地下鉄においても、ホームドアやホームゲートを設置しているとこ ろがあり、東京都営地下鉄の三田線においては、ホームゲートが設置されて おり、帝都高速度交通営団の南北線及び京都市営地下鉄の東西線においては、 ホームドアが設置されている。     第四 求釈明の申立て 一 転落防止柵の設置交渉について   被告は、「平成六年一二月に初めて視覚障害者の団体から口頭にて、一般 的な柵の設置の要請を受けた」旨主張している(被告第三準備書面二〇頁) が、事実関係の確認のため、当該要請を行った視覚障害者団体の名称、住所、 代表者名について明らかにされたい。 二 一般的な設置要望の時期について   原告の複数の視覚障害者に対する聞取調査によれば、昭和五〇年代ころか ら、被告に対して転落防止柵の設置を要望していたとのことである。   さらに、第一四七国会衆議院における交通バリアフリー法案の審議で、政 府参考人となった安富正文運輸省鉄道局局長が、「運輸省の方で、ガイドラ インの中において従来から、誘導・警告ブロックの設置、それからホームの 両端部の転落防止柵の設置ということで、対策を事業者に指導してきており ます。平成六年のガイドライン策定にあたり、終端部の転落防止柵の設置に ついては、各事業者へ周知指導した」旨発言しており(同院運輸委員会議録 第六号一六頁)、被告も右の指導の対象となっていたことが推測される。   これらの諸事実からすると、平成六年一二月より以前にも、被告が視覚障 害者の団体や公的機関から、一般的ないし具体的な転落防止柵設置の要望な いし指導を受けていた可能性が高い。   よって、現在までに、一般的ないし具体的な転落防止柵(終端部・縁端部 問わず)の設置要求ないし指導を受けた事実の有無、その要求ないし指導を 受けた時期、要求ないし指導をした団体ないし公的機関の名称、要求ないし 指導の内容を明らかにされたい。 三 原告に対する駅員の声かけの前提事実    甲一五の二四(事故報告書)によれば、「梅田駅では、該乗客の乗車を確 認できず、降車駅の天王寺駅へ連絡できなかった」との記載がある。   これに対し、被告は「梅田駅の駅員は、晴眼者が原告に付き添いしており、 格別原告から案内を依頼されることもなかったので声をかけなかった」(第 一準備書面二一頁)と主張したり、「原告は、晴眼者であるゼミの友人とと もに御堂筋線梅田駅の改札口を通過し、格別案内を駅員に依頼することもな かったので、同駅の駅員は一声かけなかった」(第四準備書面一三頁)と主 張したりしている。   これらの主張をみると、被告の梅田駅駅員は、本件事故当日に原告とその 介助者が入場ないし乗車するのを現認したが、敢えて声をかけなかったとも 読めるが、そうすると、事故報告書の前記記載と明らかに矛盾が生じる。   よって、被告に対して、「梅田駅駅員が、本件事故当日に原告とその介助 者が入場ないし乗車するのを現認したが、敢えて声をかけなかった」旨主張 するのか否かを明確にし、もし、右のとおり主張するのであれば、前記事故 報告書が何故前記のとおりの記載になったのか説明するとともに、その当時、 原告とその介助者を現認した職員の役職および氏名について明らかにされた い。 四 啓発ポスター(乙二一の二)掲示時期   被告は、乗客への広報として、視覚障害者の手引きを求めるポスターを駅 構内に掲示し、視覚障害者の安全対策の一助としていた旨主張する。しかし、 本件事故当時、そのようなポスターは掲示されていなかった可能性が強い。   よって、同ポスターは、いつごろから掲示され始めたのか明らかにされた い。 五 事故報告書に記載されていない事故例   平成一〇年、大阪市営地下鉄中央線阿波座駅長田方面行ホームで、二〇代 の視覚障害者の男性がホームから転落した事故が発生しているとの情報が原 告に寄せられた。   しかし、右事故は、原告が提出した事故報告書には含まれていない。そこ で、右事故の発生について確認の上、事故報告書が作成されており、未提出 であれば、提出されたい。転落事故を認知しながら、事故報告書が作成され ていないのであれば、その理由を明らかにされたい。 六 転落防止柵の設置基準の変更   被告は、準備書面(五)二二頁において、谷町線の転落事故発生後、転落 防止柵の設置基準を変更したと主張するが、その変更の時期を明示されたい。   また、変更前の設置基準図も併せて提出されたい。                                以 上 36 1