平成一一年(ワ)第三六三八号 損害賠償請求事件

               原 告   佐  木  理  人
               被 告   大阪市

       準 備 書 面(第二回)

   二〇〇〇年二月一〇日

             原告訴訟代理人
               弁護士   竹下義樹

               同     岸本達司

               同     神谷誠人

               弁護士   坂本 団

               同     下川和男

               同     高木吉朗

               同     山之内桂

               同     伊藤明子


大阪地方裁判所
   第一七民事部合議イ係   御 中


第一 大阪市営地下鉄駅ホーム一般の安全性について
 「視覚障害者の歩行の自由と安全を考えるブルックの会」(以下、「ブルックの会」という)では、平成一一年八月二一日及び二二日の二日間にわたり、大阪市営地下鉄の全駅ホームについて、その安全性の調査を行った。また、同年一〇月及び一二月に更に補足調査を行っている。その際の調査結果を集計し、内容をブルックの会の「分析委員会」で検討した上で意見を取りまとめたものが、「大阪市営地下鉄駅ホーム安全性調査報告」(甲一四)である。
 右報告においては、大阪市営地下鉄駅ホームの全般について、多くの無視できない問題点が指摘されている。
 大阪市営地下鉄駅ホームにおける視覚障害者にとっての安全上の問題点については、一九九九年一一月一八日付原告準備書面(第一回)の第一第七項「大阪市営地下鉄の駅ホームの危険な現状」において指摘したとおりであり、重複になる部分もあるが、再度、甲一四に基づき、右問題点について述べる。
 なお、「ブルックの会」とは、本件事故をきっかけに、原告らを中心として結成された任意の学習会であり、本会メンバーが行った調査(後記)の結果を集計、整理するために設けられたのが「分析委員会」である。「分析委員会」は、駅ホーム転落経験者、音訳ボランティア、歩行訓練士、関西SL交通対策委員会責任者などで構成されたものである(関西SL交通対策委員会とは、本件事故を契機として、平成七年一二月、関西Student Library(関西SL)が行った大阪市営地下鉄駅ホームの安全性調査のために組織されたものである)。
 一 物的安全設備に関する問題
  1 駅ホームの一般的な構造上及び設備上の問題
  (一)駅ホームの構造の不統一性(甲一四・四頁)
 ホームや柱の形状、階段の位置がホームごとにばらばらであり、このことは点字ブロックや転落防止柵などの大切な安全設備についても同様である(後者については後に触れる)。
 その結果、視覚障害者にとっては、利用する全ての駅の形状を頭に入れておかなくてはならないという大きな負担を負わされている。ホームの構造に関する統一的なマニュアルなり基準なりを定めるべきであろう。
  (二)点字ブロックとホーム壁や柱との近接(甲一四・五頁)
  点字ブロックとホームの壁や柱が極めて近接しているところが多く存在する。これでは視覚障害者のみならず晴眼者にとっても歩きにくい。
 一例として、御堂筋線心斎橋駅において、点字ブロックと柱の間がわずか三二センチメートルの部分があったとの報告がなされている。
  (三)駅ホームの幅自体の狭窄性(甲一四・六頁)
 駅のホームの幅が極端に狭く、転落防止柵が不十分であることと相まって極めて危険な状態になっているところが多く存在する(甲一四・付表注5、7、8、9、18、30)。
 この点については、かねてより関西SLが被告に改善を要求しているが、被告の回答は「ホームの構造上改善は不可能」というものである。乗客の安全確保という最優先課題を忘れた態度というほかない。
  (四)駅ホーム上の柱の障害物性(甲一四・七頁)
 実際に柱に衝突したときに視覚障害者が受ける衝撃度は、晴眼者の予想をはるかに上回る。「そこに柱がある」とは全く知らずにいきなり衝突してしまうためである。
 改善措置としては、柱に緩衝材をつけることが考えられる。
  (五)一般のタイルと点字ブロックの判別の困難性(甲一四・七頁)
 ホーム上のタイルにデザインとして隆起が施されていると、視覚障害者は点字ブロックとの区別ができなくなる。本調査においてもこのような判別困難な個所が多く見受けられた。
  (六)音の判別の困難性(甲一四・七頁)
 視覚障害者の安全確保措置としては、音声案内があれば十分ではないかと思われがちであるが、実際には、地下鉄駅の構内では音は反響して、正確に聞き取ることが困難である。また、電車が来たことを伝える音声案内が、電車自体の音に消されてしまうこともよくある(駅で電車の到着を待ちながら電話している状態を想起されたい)。
  2 安全設備(転落防止柵、点字ブロックなど)の問題
  (一)転落防止柵のない駅の存在(甲一四・八頁)
 転落防止柵は、視覚障害者にとって転落を食い止める最後の生命線とも言うべき存在であって、全ホームの前後部分にもれなく設置されるべきである。しかし現実はそうではない(甲一四・付表注5)。
  (二)電車の停止位置と転落防止柵の関係(甲一四・八頁)
 転落防止柵が設置されているところでも、電車の停止位置と転落防止柵との距離がばらばらであり、その距離が五メートルに満たないホームも多く存在する(特に堺筋線に顕著である)。四メートル未満のホームだけでも、全二二六番線中五一番線(二二.五パーセント)も存在する。被告は五メートルの距離が必要である旨の自主規制を根拠に、御堂筋線天王寺駅ホームに転落防止柵を設置しないことを正当化しているが、他のホームを見れば、このように被告自身右の自主規制を遵守していないのであるから、被告の右主張は失当である。
 なお、御堂筋線天王寺駅と同型のホームについてさらに集計した結果、特に乗客数の多い御堂筋線の設置状況が悪いことが判明した。(追加資料参照)
  (三)階段、トイレ、精算機などの位置確認のための設備の不備(甲一四・一〇頁)
 階段、トイレ、精算機などの位置を示す点字の案内板が設けられていても、視覚障害者が、点字の案内板までたどり着くことができなければ全く役に立たないことになってしまう。音声案内などの補充が必要である。
  (四)点字ブロックの不備、欠陥(甲一四・一〇頁)
 点字ブロックは、ホームから階段やエレベーターに接続していなければ、誘導の役目を果たせない。ところが実際は、きちんと階段やエレベーターにつながっておらず、また点字ブロック自体が磨耗してしまっている個所もあった。これでは何のための点字ブロックか分からない。
 更に、エスカレーターに接続している点字ブロックは皆無であった。視覚障害者はエスカレーターを全く利用しないとでも言うのであろうか。
 視覚障害者の歩行にとっての点字ブロックの重要性に鑑みると、これらについて早急に改善がなされるべきである。
  (五)点字プレートの不備(甲一四・一〇頁)
 階段の手すりにはよく点字プレートが付されているが、点字が磨耗して読めなくなったまま放置されている個所があった。
  (六)点字ブロックがホーム終端部分二重に敷設されていないこと(甲一四・一一頁)
 点字ブロックは三〇センチ四方であるが、成人男性の歩幅は平均六〇センチメートル程度とされている。したがって、ホーム終端部分に点字ブロックを単にL字型に敷設するのみでは、そこがホーム終端であることに気づかないまま容易に踏み越えてしまうと思われ、少なくとも二重、できれば三重に敷設すべきである。しかし、現実には、二重にさえなっていない。
 なお、運輸省ガイドラインは、点字ブロックの屈曲部分は二重に敷設するよう要求している。
  (七)点字ブロックとホーム縁端部との距離が狭いこと(甲一四・一一頁)
 視覚障害者は、ホーム縁端と平行に敷設された警告用点字ブロックに沿って歩行するのが一般であり、点字ブロックの外側(線路側)を歩くこともしばしばある。そのため、運輸省ガイドラインでは、警告用点字ブロックがホーム縁端部から八〇センチメートル以上離れて敷設されることを要求している。しかし現実には大半のホーム(全二二六番線中一五九番線、すなわち七〇・五パーセント)が八〇センチメートル未満である。
 主なホームについて付表からピックアップすると、以下のとおりである。
・ 谷町線天王寺駅 六二センチメートル(最も短い。このホームでも本件と同種の事故が発生している)
・ 御堂筋線梅田駅一番線 七〇センチメートル(御堂筋線は最も乗客数が多く、特に、梅田駅、難波駅及び天王寺駅は多くの乗客が利用する)
・ 御堂筋線梅田駅二番線 六八センチメートル
・ 御堂筋線難波駅一番線 七三センチメートル
・ 御堂筋線難波駅二番線 七三センチメートル
・ 御堂筋線天王寺駅一〜三番線 七二センチメートル(本件事故現場である)
 これに対し、最も新しく作られた長堀鶴見緑地線ではほぼ基準を満たしており、全線につきこのように改められるべきである。
 なお、被告は、本件駅(御堂筋線天王寺駅あびこ面行きホーム)ではホーム縁端から八二センチメートルの位置に警告用点字ブロックが設置されていると主張しているが、この主張が事実に反することはこの調査から明らかである。
 二 人的設備に関する問題
  1 駅員の常時配置の必要性(甲一四・一二頁)
 物的設備のみでは、いかに技術水準が進歩しても、乗客の安全に関して「完全」となることはありえない。常に物的設備の不全をカバーするフレキシブルな人的サービスシステムが必要不可欠である。こうした観点から、駅員の常時配置は不可欠といえる。
 ところが実際には、駅員のいないホームが少なからずあり、ブルックの会が調査した時間帯において、その割合は、全二二六番線中一八九番線、八三・六パーセントに及んでいる。
  2 駅員の声かけの問題(甲一四・一二頁)
 仮に駅員が常駐していても、視覚障害者を目にしながらそのまま放置していたのでは全く意味がない。駅員の常駐を前提にした上で、視覚障害者を見つけたならば直ちに声をかけ、視覚障害者の動向に配慮するよう、職員に対する教育を徹底させるべきである。
  3 運転士の運転技術(甲一四・九頁)
 電車の停止位置があまり一定していないようであるが、このような状況では、前述の転落防止柵の設置位置との関係で、非常に危険な状態となりうる。
 三 結 論
   大阪市営地下鉄の駅ホームの視覚障害者に対する安全対策の現状は極めて不十分というほかない。このような現状にあるからこそ、第二で述べるとおり、大阪市営地下鉄では視覚障害者の駅ホームからの転落事故が頻発していると考えられる。
   被告は、視覚障害者にとってより安全な駅ホームを実現するため、右報告において指摘された事項を真摯に受け止め、早急に検討の上、改善に取り組むべきである。

第二 大阪市営地下鉄における視覚障害者の軌道転落事故
 一 本準備書面末尾添付の一覧表・「大阪市営地下鉄・視覚障害者軌道転落事故(平成一〜一〇年度)」は、被告より開示された平成元年から同一〇年度の「事故報告書」(甲一五の一〜三四)にもとづき、年月日、時刻、発生場所、転落者の状況、事故状況及び受傷程度ならびに「ブルックの会」が平成一一年八月二一日・二二日の両日行なった地下鉄駅調査結果(甲一四)をまとめたものである。
 二 視覚障害者の軌道転落事故の多発と深刻な事故結果
 右事故報告書によると、視覚障害者の軌道転落事故は一〇年間で三三件も発生している。
 ところが、右事故報告書には、平成七年七月二九日、中央線森ノ宮駅で発生した転落事故(甲一一・「視覚障害者のホーム転落事故調査」・二四頁)が含まれていない。このことは、大阪市営地下鉄において発生した視覚障害者の転落事故が事故として報告されているとは限らず、現実には右事故報告書に記載された事故以外にも事故が発生していることを推測させる。例えば、転落しても幸いすぐに救出され、軽傷のケースは事故として報告されていない可能性がある。
 いずれにしても、右事故報告書に含まれていない森ノ宮駅の事故も合わせると三四件も発生しており、年間平均三〜四件の事故が発生していることになる。
 また、視覚障害者の軌道転落事故は、例外無く人身事故となっている。
 そして、受傷結果も重大かつ深刻なものが多く、死亡事故が三件(h鼈黶E一三・二三。全体の約九%)、四週間以上の治療を要する重傷を負ったケースが一一件(h黶E五・七・九・一五・一九・二二・二四・二五・二九・三二。全体の約三分の一)にものぼっている。
 右のように視覚障害者の軌道転落事故は多発しており、かつ軌道転落事故を起こした場合には身体に重篤な傷害を蒙り、最悪のときは生命さえも失いかねないという危険極まりない現状にあると言わざるを得ない。
 三 軌道転落発生の特徴及び事故報告書の問題点
  1 同一駅における軌道転落事故
 右事故報告書を見る限りでは、同一駅において複数の軌道転落事故が発生している。
 すなわち、御堂筋線・四ツ橋線の大国町駅では三件(nO・四・一九)、御堂筋線天王寺駅(xZ・二四)、御堂筋線・動物園前駅(h齊O・二二)、中央線・深江橋駅(s〇・二一)、堺筋線・動物園前駅(h鼬ワ・二六)、御堂筋線・長居駅(h齪Z・三一)、御堂筋線・北花田駅(h齠・二七)、千日前線・鶴橋駅(h齊オ・二八)及び中央線・森ノ宮駅(lワ・前記平成七年七月二九日の事故)ではそれぞれ二件の軌道転落事故が発生している。右件数の合計は一九件であり、全発生事故件数の半数以上を占めている。
 また、御堂筋線の駅における軌道転落事故も多く、三三件中一三件(s・三・四・六・八・一二・一三・一六・二二・二四・二七・二九・三一)を占めていることも指摘できよう。利用客の多い御堂筋線においては、視覚障害者の利用率も高いことが、転落事故の発生が多い理由の一つと考えられる。
  2 立哨駅員の不在
 また、事故発生時に当該ホームに駅員が立哨していたのは、僅か四件にしかすぎず、その余はいずれも、そもそも立哨駅員が配置されていないか、配置されていても交替や他のトラブル対処中により実際には当該ホームで立哨業務を行なっていなかったケースである。
 しかし本来は駅員が配置されているべきであるのに、「機会のトラブル処理中」や「交代中」で偶々いなかった、というケースが四件もあり(tェ・一三・一五・二六)、事故三三件の一二%を占めている。この数字は、偶然というにはあまりにも多すぎると思われ、実際には、立哨任務があったにもかかわらず、これを懈怠していた可能性もあり得よう。
  3 不誠実かつ卑劣な駅員の事後対応
 さらに右事故報告書から顕著なことは、そのほとんどの軌道転落事故について、「転落者の不注意による事故」、「視覚障害者であるが故の不幸な事故」といった結論付けで終り、それ以上の事故原因の調査をしていないばかりか、駅員は視覚障害者本人もしくはその遺族・家族に対し、事故当日かこれに近接した時期に「駅員に落ち度や設備に瑕疵はなく、転落者の不注意である」旨を一方的に説明し、治療費等の請求を駅側に一切しない約束をさせていることである。
 ところが、ホーム縁端から足を滑らせて軌道に転落したような事故において、点字(警告)ブロックとホーム縁端までの距離が運輸省ガイドラインの基準(八〇センチメートル以上)を満たしていない駅で起こったケース(h黶E二・七・八・九・一一・一二・一三・一五・一七・二〇・二二・二五・二六・三一・三二・三三)が、一七件もある。
 又、視覚障害者が自己の位置を誤認したと報告されている事故の中にも、右事故報告書の図面には転落地点の構築物の有無、点字ブロックの敷設の有無や形状等が記載されていないか、記載されていても不十分であることから、警告ブロック等の設備が本当に適切であったか確認できないケース(nl・五・六・一〇・一四・一六・一八・一九・二一・二二・二三・二七・二九)が、一三件も存在する。
 さらに、前記2のように本来は駅員が立哨すべきであるのに、その任務を懈怠していた可能性のあるケースが四件(tェ・一三・一五・二六)、又、駅員が誘導を怠ったか、誘導方法が適切さを欠いた可能性のあるケースが二件(nオ・三〇)ある。
 したがって、右事故報告書における「転落者の不注意による事故」、「視覚障害者であるが故の不幸な事故」という結論の妥当性に疑問を差し挟む余地のあるケースが全体の八割を占めているのである。
 ところが、一般に障害者は、身体にハンディを背負っており他人に迷惑をかけているという遠慮や引け目を必要以上に感じているうえ、視覚障害者の場合は自分の転落状況や周囲の人的・物的設備の状況について、ほとんど把握し得ないといえる。このような視覚障害者のコンプレックスや客観的事故状況を把握し得ない状態に乗じて、駅員側が一方的に転落者側の落ち度であると説明すれば、転落者としてもこれに応じざるをえないことは明らかであろう。
 かかる駅員側の事後対応の姿勢は、真摯かつ謙虚に事故原因を分析し今後の同種事故再発を防止しようとする姿勢からは、程遠いものであり、また視覚障害者の弱みに乗じて一切の異議や請求を断念させることは卑劣極まりないといえよう。
  4 本件事故に関する不正確な記載
 前記で指摘した駅員側の事故原因を究明する姿勢の欠如を示すものとして、本件に関する報告書の記載も極めて不十分であるか、事実に反した記載をしていることが指摘できる。
 すなわち、本件事故に関する事故報告書(甲一五・s四・一枚目)の備考欄には、「視覚障害者が降車後、勘違いして、ホーム東端の立入禁止場所から軌道へ転落し、列車に接触した。」としているが、実際は列車と接触して、軌道へ転落したのである。
 また、「治療日数」も「六〇日」、「該者申し立て」については「事情聴取できなかった」と記載されている。
 しかし、そもそも本件事故直後、事故の連絡を受けた原告の母親が病院に急行したときには、すでに被告大阪市交通局の関係者は誰一人病院に残っておらず、およそ原告関係者に事故状況の説明をしようという姿勢や原告の関係者から意見を聴取しようという姿勢を有していなかったのである。そして、事故の翌日に、被告大阪市交通局の職員が病院に来たものの、一方的に「お気の毒な事故であるが、大阪市交通局側には過失がない」ことを説明するだけであった。又その後、原告及び原告の母親は、延べ七回にわたり、被告大阪市交通局運輸部ならびに渉外係の担当者と交渉ないし事故状況の説明をしているのである。
 したがって、「事情聴取できなかった」というのは、そもそも被告大阪市交通局側に原告ならびに関係者から事情を聞こうとする姿勢がなく、かつ右のように原告及び原告の母親との交渉等の過程で、原告の受傷状況や申し立て内容を当然把握しているはずであるのに、敢えてそれを報告書に記載していないのである。
 右が示すように、転落者が異議を述べている場合は、故意にその旨の記載をしなかったり、もしくは転落者の申し立てを十分に聞かず、事故原因を徹底的に究明することなく、不十分な調査のまま報告書を作成するという、杜撰な事故処理を行なっているといわざるを得ないのである。
 そして、前記3でも述べたような駅員側の事故に対する不遜な態度ならびに右に述べた事故の原因究明等の処理の不十分さが、視覚障害者の軌道転落事故を多発させる温床となっているのである。
  5 本件事故について道義的責任を認めていること
    右事故報告書(甲一五・s四・三枚目)には、本件事故について、「なお、本件は該乗客が乗車したと思われる梅田駅では該乗客の乗車を確認できず、降車駅の天王寺駅へ連絡できなかったことなど、やむを得ない事情にあるが、当局として、視覚障害者の安全確保に努めている中での事故であり、道義的には一部責任があると思われる。」と記載されている。 
    右記載は、控え目な表現であり、「道義的」責任としか記載されていないが、敢えて右のような記載をしているのは、本件事故につき地下鉄側に一部責任があることを事実上認める趣旨と解するほかない。本件事故が専ら原告の責任により発生したものであり、地下鉄側に何らの落ち度もないのであれば、右のような記載がされることはあり得ないからである。
    したがって、右記載は、被告自身が、本件事故は回避可能な事故であったという認識を有していたことを端的に示していると言わねばならない。

第三 過去の軌道転落事故例から見た本件事故の予見可能性
 一 本件事故との類似例
 本件事故の態様は、訴状で述べたとおり、原告はホームの点字ブロックに沿って歩行中、点字ブロックが屈曲しているのを認識することができず、これを踏み越えてホーム終端付近に迷い込み、ホーム終端の壁を階段裏の壁面と錯覚し右側に寄ったところ、発車した列車と接触し、軌道上に転落したものである。
 そして、右事故報告書に記載された軌道転落事故の中には、本件事故態様と酷似した事故例が以下のとおり五件も存在する。
  1 平成三年三月二八日 四つ橋線・花園町駅事故(h黶Z)
 右事故は、事故報告書(甲一五・h黶Z)では、転落者が四つ橋線・花園町駅上りホーム先頭付近を歩行中にバランスを失い軌道上に転落した事故であるとだけ記載されている。しかし同報告書における図面では、転落者は誘導タイルが屈曲した先で軌道に転落しており、また同付近には転落防止柵が設置されていなかったと考えられる。
 ところが、平成七年一二月、関西SLが大阪市営地下鉄のホームを調査した際には、右事故が発生したと考えられる場所には、転落防止柵が設置されていたと報告されている(甲一六)。このことは、転落事故の原因が、点字ブロックの敷設方法の不適切さ並びに転落防止柵の未設置にあることを被告側が認識していたことを示している。
  2 平成四年七月三日 谷町線・駒川中野駅事故(h齊l)
 右事故は、事故報告書(甲一五・h齊l)では、谷町線・駒川中野駅下り線ホーム後方に迷い込み、ホーム終端部分から軌道上に転落した事故であると記載されている。同報告書における図面には点字ブロックの設置状態について記載がされていない。
 しかし、関西SLの調査では、平成七年一二月時点でさえ、点字ブロックのホーム終端を示す形状がL字型となっており、しかも、点字ブロックの途切れたところとホーム終端までの距離が三六・五八メートルもあり、かつ転落防止柵も存在していなかったことが報告されている(甲一六)。
 すなわち、転落者が点字ブロックを跨いで越してしまい、点字ブロックがなかったために、ホーム終端部や縁端部を認識することができず、かつ転落防止柵もなかったために軌道に転落した事故であることが推測できる。
 なお、平成一一年八月に実施されたブルックの会の調査では、当該事故現場と考えられるホーム終端部分の点字ブロックはコ型とされており、かつ転落防止柵が設置されている(甲一四)。このことは、平成七年一二月以降に、点字ブロックの改善並びに転落防止柵の設置が行なわれたと考えられる。
  3 平成六年二月一五日 御堂筋線・長居駅事故(h齪Z)
 右事故は、事故報告書(甲一五・h齪Z)では、転落者が御堂筋線・長居駅下りホーム先頭(南端)部分に迷い込み、軌道に転落した事故であるとされている。同報告書における図面では点字ブロック及び転落防止柵の設置状況については不明である。
 前記関西SLの平成七年一二月の調査では、転落防止柵が設置されており、点字ブロックはI型であったとされて報告されている(甲一六)。 
 しかし、ブルックの会の平成一一年八月時点の調査では転落防止柵は設置されていたものの、点字ブロックの終結部と転落防止柵との間には間隔があることが明らかにされている。
 すなわち、転落者はホーム終端を示す点字ブロックを跨いで超える等して、ホーム終端であることに気づかず、かつ転落防止柵と点字ブロックとの隙間から転落した事故であると推測することができる。
  4 平成六年一二月五日 四つ橋線・西梅田駅(h齡ェ)
 右事故は、事故報告書(甲一五・h齡ェ)の本文及び図面からすると、転落者は、四つ橋線・西梅田駅ホーム北端部分の転落防止柵も、点字ブロックも設置されていない箇所から軌道上に転落した事故であり、かつ転落場所付近には柱が存在していたことも明らかである。
 関西SLの平成七年一二月の調査でも、右事故が発生したと考えられる場所は、点字ブロックはL型であり、かつ点字ブロックのホーム終端を示す屈曲した部分とホーム終端とは五ないし六メートルの間隔があり、転落防止柵は設置されていないことが報告されている(甲一六)。
 右状況からすれば、転落者は、ホーム北端方向に歩行していたものの、柱をよけようとしたが、その部分には点字ブロックも転落防止柵も設置されていなかったことから、自分の位置を認識することができず、点字ブロックや手がかりの設置物を探しているうちに軌道上に転落した可能性が高い事故といえよう。
 なお、平成一一年八月にブルックの会が実施した調査結果では、当該事故現場においては、転落防止柵が設置されていることが報告されており、平成七年一二月以降、当該箇所に転落防止柵が設置されたと考えられる。
  5 平成七年六月二四日 谷町線・天王寺駅(s三)
 右事故は、事故報告書(甲一五・s三)及び「視覚障害者のホーム転落事故調査」(甲一一)によれば、谷町線・天王寺駅下りホーム終端部分の点字ブロックがL型に屈曲していることに気づかず、直進したため、点字ブロックも転落防止柵もないホーム終端部分に迷い込み、点字ブロック等を探しているうちにホーム縁端部分から足を滑らせて軌道上に転落した事故といえる。 関西SLの平成七年一二月の調査においても、同部分の点字ブロックはL型となっており、点字ブロックが屈曲して途切れたところとホーム終端までは一九・一六メートルの間隔があり、かつ転落防止柵も設置されていないことが報告されている(甲一六)。
 この点、被告は、答弁書第三項三において、「この男性は、最初から点字ブロックを無視して点字ブロックと線路側のホーム沿端との間を点字ブロックを確認しないで歩行し」と主張しているが、事故報告書には同男性が「点字ブロックを無視して歩行していた」等という記載は一切ないから、右主張は根拠に乏しいといわねばならない。 むしろ、右事故を報道した平成七年六月二五日付の産経新聞(甲一一・二〇頁)は、同男性(藤井春美さん)は、「天王寺署の調べなどによると、警告点字ブロックに沿って歩いていたが、同ブロックが右側に曲がっているのに気付かず、そのままホームを進み、足をすべらして線路に転落。」と明確に記載されており、点字ブロックが屈曲していたために点字ブロックを認識できなくなり、ホームから転落した事故である。
 したがって、被告の「点字ブロックを無視して歩行していた」との主張は、全く事実に反するものといわなければならない。
 なお、平成一一年八月に実施された前記「ブルックの会」の調査では、点字ブロックはI型となっており、転落防止柵も設置されていることが報告されている。すなわち、平成七年一二月以降、当該事故現場付近の点字ブロックの敷設状況が改善され、かつ転落防止柵が設置されたと考えられるのである。
 二 被告の予見可能性
 前記五例の事故は、ホーム終端部分で、かつ四つ橋線・西梅田駅事故を除き通常はあまり人が立ち入らない場所であり、また、点字ブロックも転落防止柵も設置されていない場所で発生した事故である。
 すなわち、@視覚によって自己の位置を確認することができない視覚障害者にとっては普段は乗客が立ち入らない場所であっても迷い込んでしまう危険があること、A点字ブロックを屈曲させることでホーム終端を警告しても、視覚障害者がそれを跨いで越してしまうなどして、それに気づかずない恐れがあること、B点字ブロックや転落防止柵が設置されていない場所では、視覚障害者が自己の位置を確認することができず、それを探しているうちにホーム縁端部から転落する危険があることを前記五例の事故は端的に示しているのである。
 したがって、本件事故の発生したホーム終端部分のように、点字ブロックが屈曲しており、その先には点字ブロックも転落防止柵も設置されていない場所においては、視覚障害者が危険な場所であることに気づかずに迷い込み、かつ点字ブロックがないことから自己の位置を確認することができずにホームから転落する危険性の高い場所であることは、被告としては十分に予見し得たといえるのである。

第四 運輸省ガイドラインの法的位置付け
 一 運輸省ガイドラインについて
  1 主張の要旨
 平成六年に策定された「公共交通ターミナルにおける高齢者・障害者等のための施設整備ガイドライン(以下「新ガイドライン」という)」は、その策定の背景事情、調査研究の経過および策定された指針の内容に鑑みて、公共交通ターミナルとして通常有すべき施設の安全性および利便性に関する標準的な水準を示したものである。
 したがって、新ガイドラインに沿わない施設設備を保有する場合には、当該公共交通ターミナルの事業主体における当該施設に関する設置管理の瑕疵が推認されるものというべきである。
  2 運輸省によるガイドラインの背景事情と策定経過
 昭和五六年七月運輸政策審議会の答申により、身体障害者のモビリティの確保が、今後の高齢化社会における高齢者のモビリティの確保と軌を一にするものであり、一般的な交通弱者対策として取り組む必要があることが指摘された。なお、昭和五六年は国際障害者年である。
 そこで、運輸省では、交通事業関係者・行政担当者・障害者団体関係者らの広汎なメンバーの参加を得て、身体障害者用の施設整備ガイドラインを作成する委員会を設け、昭和五八年三月、鉄道駅と身体障害者を主たる対象とする「公共交通ターミナルにおける身体障害者用施設整備ガイドライン(甲一七・以下「旧ガイドライン」という)」を策定した。
 運輸省の調査によれば、昭和五六年度までに営団、公営地下鉄駅合計七二八駅中二二四駅において誘導・警告ブロックが設置され、同じく一四一駅において転落防止柵が設置されていたとのことである(甲一七・九頁)。
 旧ガイドライン策定にあたっては、昭和五〇年三月「身体障害者等交通対策調査報告(運輸省実施)」などを参考として、鉄道駅の問題点を障害類型別に指摘して対策例を示している(甲一七・二六頁以下)。
 それによれば、視覚障害者の旅客乗降場(プラットホーム)における利用上のバリアーとして「転落の危険性」があげられており、対策例としては「誘導・警告ブロックの設置、転落防止柵の設置」が挙げられている(甲一七・三三頁)。また、施設項目の問題点と留意点として「ホームにおいては、視覚障害者の場合、ホームからの転落の危険性が高く、ホーム縁端部の危険表示を明確にすることが必要である。」とされ、ホーム設計上の施設標準として、「ホームの縁端は警告ブロックを設置して危険を防止する」「ホーム両端部には危険を防止するために、高さ一一〇〇mm程度の柵を設ける」とされている(甲一七・四九頁)。
 右のとおり、視覚障害者が駅ホームで対面する転落の危険を防止するために、駅ホームへ誘導・警告ブロックおよび転落防止柵を設置するとの施設の設置管理の水準は、旧ガイドラインが策定された昭和五八年三月当時、既に相当程度関係者に浸透し、認識されていたのである。
  3 新ガイドラインの意義
 その後、障害者の自立と社会参加の要請の一層の高まりと高齢化社会の進展を背景として、平成三年六月運輸政策審議会答申「二一世紀に向けての九〇年代交通政策の基本的課題への対応について」において、利用者の高齢化と心身障害者の社会参加の要請への対応を図ることが重要課題として取り上げられた。
 運輸省は、高齢化社会への対応を含めて、その後進んだ技術水準を取り入れ、自動車や船舶を含む一般的な公共交通施設を対象とした総合的な新指針を作るとの方針のもと、平成六年三月一八日「公共交通ターミナルにおける高齢者・障害者等のための施設整備ガイドライン」(甲一二・以下「新ガイドライン」という)を策定し、公共交通を担う多くの交通事業者あてに周知した(甲一八)。
 新ガイドラインの策定にあたっても、旧ガイドライン同様、行政・民間から多数多分野のメンバーの参加を得て、委員会を構成し、検討をかさねており、単に行政関係者が指導マニュアル的な意味で作成したのではなく、交通事業者、施設利用者の広汎な意見を集約した共通認識を表現したものとなっているのである。
 運輸省の調査によれば、平成四年度において、営団、公営地下鉄駅における誘導・警告ブロックの敷設率は、一〇〇パーセントに達している(甲一二・三二頁)。基本的に鉄道駅舎のみを対象としていた旧ガイドライン策定当時(昭和五七年度)の同普及率が七〇・三パーセントであったから、旧ガイドラインの趣旨に沿った施設整備が相当進んでいるものと評価できる。
 新ガイドラインは、身体障害者のために安全性・利便性を備えた標準的な鉄道駅施設整備の指針として実績を挙げた旧ガイドラインをもとに、一層、公共交通の安全性・利便性を高めるための指針として対象を拡大し、新技術導入をもはかろうとした点において意義を有する。
  4 新旧ガイドラインの内容
 旧ガイドラインにおいても、誘導・警告ブロックの敷設と転落防止柵の設置は、視覚障害者の転落事故防止対策として整備することとされていた。
 新ガイドラインにおいて、点字ブロック関係の改正点は次のとおりである。
 ・誘導警告ブロックの色について、特に指示がなかったものを原則黄色とした。
 ・分岐表示の方法を三〇センチメートル、四〇センチメートルのブロックにつきそれぞれ標準例を示した。
 ・エレベーター・トイレへの誘導例を追加した。
 また、転落防止柵の改正点は、柵の高さを一一〇から一五〇センチメートルとした点のみである。
 このように、旅客乗降場(鉄道駅ではプラットホーム)に関する部分については、すでに旧ガイドラインにおいて誘導・警告ブロック・転落防止柵の指針が示されており、新ガイドラインにおける大きな変更点はない。
 他方、新ガイドライン策定にあたって、最新の技術開発の成果が反映されているとはいえ、先進事例と標準事例とは明確に区別して記述され、事業者の施設整備にかかる経済的負担にも十分に配慮されている。
 これらの事実からすれば、鉄道駅プラットホームへの誘導・警告ブロックの敷設や転落防止柵の設置については、旧ガイドラインが策定された昭和五八年ころから視覚障害者の安全を確保するための施設として相当程度の標準化が進んでいたものであり、新ガイドラインにおいて策定されている設置モデルは、単なる望ましい努力目標ではなく、標準的に備えるべき設備の水準を示すものである。
  5 本件駅ホームの設置管理の瑕疵
 まずもって、公共交通ターミナル利用者の生命身体の安全は、利便性の向上と比して相対的に上位の利益と位置付けるべきことはいうまでもない。したがって、利便性の向上(エレベーター、エスカレーター、駅空調、円滑運行等)もさることながら、安全性の確保は基本的にそれらに優先して考慮すべき事柄である。
   @ 警告ブロックの敷設について
 ホーム縁端部に警告ブロックを連続して敷設することが新旧両ガイドラインにおいて指示されているが、本件事故現場におけるホーム縁端部には警告ブロックがなかった。
 また、新ガイドラインでは、分岐表示の設置例として三〇センチメートル四方ブロックと四〇センチメートル四方ブロックとを場合分けして表現している。
 それによれば、四〇センチメートル四方のブロックの場合には、一重の敷設例としているが、三〇センチメートル四方のブロックの場合には二重の敷設例を示している。これを旧ガイドラインと対比して考えれば、三〇センチメートル四方では接触面積が足りず、認識されにくいので、危険表示としての識別を高めるために二重に敷設することとされたものだと直ちに了解できるのである。階段の危険表示としての設置例がすべて二重の敷設例となっている点においても同様の考察が可能である。
 ところが、被告は、本件事故当時、危険部分の最たるものといえるホーム終端部(本件事故現場)の屈曲部分の警告ブロックを一重の敷設としており、その部分の警告ブロックは危険表示の役割を十分に果たしていなかった。
   A 転落防止柵について
 ホーム終端からの転落を防止するため、ホーム終端部にはホーム内側に向けて屈曲させた高さ一一〇センチメートル程度の柵を設けるべきことは、すでに旧ガイドラインにおいても規定されている。しかるに、被告は、単にホーム終端部の壁際に視覚障害者には感知できない危険標識を設置しただけであり、ホーム終端における視覚障害者の転落を防止することのできない不十分なものであった。
 被告は、本件事故前に、新旧両ガイドラインの内容および要求水準を知る機会があったのにもかかわらず、それに沿った措置をせずに右のような危険な状況を漫然と放置した。
 被告の保有する施設において、新旧ガイドラインに規定されている安全性に関する指針に沿わない部分があった事実は、被告の保有する施設が視覚障害者も利用する公共交通ターミナルとして通常有すべき安全性を備えた施設の水準に達していないことを推認させるものといわねばならない。
 したがって、具体的な施設整備において、被告の保有する当該施設に設置管理の瑕疵がないというためには、被告においてそれを理由付ける特別の正当事由を主張立証すべきである。
 しかるに、被告において、ガイドラインに沿った措置を採らなかったことについて、正当事由はなく、その主張たるや、いずれも具体的事実に基づかず、自己に有利な事実を針小棒大に誇張して述べるものであって、瑕疵の存在を否定するに十分な反証足りえないというべきである。
 よって、被告の駅ホームの設置管理には重大な瑕疵があり、かつ駅利用者の安全配慮義務違反についての重大な過失があったと認められる。

以 上


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